小説を書く感覚って…どうなの……??

小説を書きたいと思っていても、なぜかペンが進まなかった。書きたいと思っているはずなのに…。書けるはずなのに。

 

と、いうことがありました。

 

なぜなのか。

 

今思うと、私は小説を書くときに、書きたいと思ったときにイメージしていた書き方で書いていなかったからなのかなと。

 

こういうことを考えていた。

書きたいと思った衝動があったにも関わらずいざ書こうとすると、「小説って何を書けばいいのだろう…」と。

 

うーん。まず、その程度の段階だったってことだろうか。書きたい気持ちはしっかりとあるのだけれど、「どう」書けばいいのか分からない(笑)。

初めてだったら、当たり前っちゃ、当たり前なのかもしれない。初心者はまず、難しいことは、限りなく考えられないんじゃないかと思う。

まず、この段階では、難しいことは置いていけばいいのではないだろうか。「難しい、苦しい」と思いながらの執筆は絶対に何の収穫にもならない。

 

まず、大事なのは、文に感情をこめられるようにする、ということではないのか。この時点では、小説とはこう書けばいいんだ、というような指南書・ネット情報を鵜呑みにしてしまうという状況が危ういと感じた。書ける人なら、そういう情報全てを俯瞰的に見れる気がする(この文章も初心者の私の戯言なのでそういう目で見てほしい)。「それは違うんじゃないか」とか。

 

では、まず何をすればいいかと言えば……、人にもよると思うが、一文。一文でいいから楽しんで書くという感覚を掴めばいいと思う。

その一文に、自分の今の感情をこめる。思い描けるワンシーンでもいいと思う。これは、ネットで目にしたのだが(ん?)、何でもいいのだが、風景を描写する。これは、小説を書かないという人にもやって損はないことですよね。

この行為の狙いは、小説を書くためという意識的な目標なく、自然に自分が文章を書くときの感覚を掴むこと。今、目の前の風景を描くのだとすると、それは実際の小説には登場しないシーンであるだろうが、それを書いたときの「感覚」を、実際の小説で使える。ちなみに、コツは、説明文にしないというようなことが書いてあったと思います。

あなただって、小説の「書き方」は、まだ分からないかもしれない。でも、普通の文章なら書けるハズ。普通の文章が書けないのなら、小説はまだ遠いかも。

逆に言うと、詩とか歌詞のような比較的短い文で構成されていて、普通の文章力が必要となるものが書けるのなら、小説も書ける可能性が十分あると言えるんじゃないか。詩が書ける人なら、詩の「書き方」を知っているわけだよね。

ちなみに、私だったら詩は、まず表現したい自分の中の感情が先にあって、その感情に当てはまるワードを出すという感じで書くでしょうか。「詩って何を書けばいいのだろう…」と思っては絶対に書かない!(笑)というか書けない。

 

結論

小説が書けないのは、小説というジャンルが割と長い文章を必要とするため、「書く」という要領がいまいち掴みにくいからということがあるかもしれない。しかし、小説の書き方というのは、もとからその人に備わっているものだとも思う。分からないのは、感覚をつかめていないだけ。最初から自分の中に書き方は確立されている。

例えば、小説より短い詩をかくときには、その短い文字数の中で、自分の想いを表現しなければならないため、自然と自分の想いとは何なのだろうかということを考えることになる。そしてその結果その感情が心の中で表出し、文字になる。それと比較して小説は長い(基本的に)。よって、自分の表現したいことを確立する前に「書くということ」を先決してしまいがちになる。

簡単に言うと、物語を書くときの基本として、「感情」が先にあるのではないかと考える。「このキャラだったらどんな風に言うのか、どんなことを言わせようか」とか。決して、「何か書かなければならない」とか「会話文だらけだ…うわあ、字の文もっと書かなきゃ。苦痛…」とかではない。

全てが書きたいことなのだろう。だから、無理に設定やつじつまを最初から合わす必要性はない(多分、今は)。全ての小説が、~~~文字×情熱。

 

以上が、下手な私が小説を少しかじったくらいで思ったことです!参考にしないでね。まだ一作も完成できてないんだからさ。

(何か思うところがある人や参考になった方など、ぜひコメントを残してください!)

???

こんばんは!

 

今回は、自分の困った不調について書こうと思います。

前の記事でも書いたと思うんですが。身体のバランスについてですね。

どうすれば治るんだろう……といつも考えているのですが、具体的な解決方法は浮かばず終わりになります。

んん~~、歯科医??歯科医に行けば治るのだろうか?でも、私の症状を全て把握してくれるところはあるのか?!などと考えてしまうわけですね。多分、病院に通うことになって、結局治らないとか考えちゃう、のかな?ネットのホームページを見て「お!いいじゃん」っていうところはだいたい地方の地域にはないですし。

まぁ、相談する人もいないので。

ほんとうに最近、不調に耐えられなくなっているからさ……。やばいなー。後頭部の骨がずれてて肉?を圧迫しているのかわからないんですけど、血液が「ドク、ドク、ドク…」っていう音がして脈打ってるのがよく聞こえるんですよね。耳も圧迫されていて小さい声を上手く聞き取れない。完全に愚痴になりますが、身体のバランスによる不調って、別に命に関わることではないと思うんですが、生活に支障が出すぎで私の心を徐々に蝕んでいく!!(涙)

後頭部がこのまま圧迫されて脳内活動にも影響が出続けたら、ヤバいですね。

あとは、身体のずれでこういう不調がでるって誰かに相談しても、「それはまずい。早く治した方がいいよ」って理解してくれるんだろうか。私はそれについても、よくわかってないですね。まあ、事実そうではあるのですが。

 

はい。今日は愚痴?というか切実な思いを少しだけ書きました。

月1更新するつもりでブログを利用しているので、これまでできてなかったものを補う形で更新したいです。

おやすみです。

今回は適当

どうもこんばんは!お久しぶりです。ちょっとさぼっちゃってました…。

 

突然ですが、ポテトチップスの味で一番好きなのは何ですか?

私は、「梅」です!今のところは。梅のパウダーがかかっているあのポテトチップスが好きです!

 

今現在進行形で思ったんですが、ブログって、何か目的があって書いた方がいいよね?まぁ、自由に書いてもいいと思うけれど。つまり、何か伝えたいことを明確にもっていた方がいい!ということなんだろうか。

………。なるほど。では、今回はここで切り上げまして、次回からピッチを上げてゆっくり(?)書いていこうと思います。

どんな確率…??

(あれ?前回の更新からだいぶあけちゃったな…やばいな………更新しよっと………)

えー、ごほん!では早速、今回は、私が「今までで一番辛かった」と思う出来事を紹介しようと思います!(実は、ブログしようと思ったのは、これがきっかけだったりします)

今、この文章を読んでくださっているあなたにとって、今までの人生の中で一番辛かった、または他人目線で「これは辛いだろうな」と思うものはありますか??

それは、死ぬことよりも耐え難いものですか??死ぬことより辛いこと……。それは、「生きていながら、死んでるも同然なこと」ではありませんか?

 

死んでるも同然なこと……。

それは、私にとっては、「心がなくなること」です。考えることが「できない」、そんな辛さ。今まで当たり前のように享受していたもの。

例えば、誰かを想う気持ち、自然を慈しむ心、他人にみせる気遣い、自分の意志……など、日常を送る上で、これらはとても大切です。

でも、私はいつの間にか、これらがなくなっていました。皆は、これらがあることが当たり前だから、その当たり前がなくなった私には、生きることがとても辛かったですね……。当たり前を当たり前のように思う人たち………。その当たり前ができない理由が分からない私。そもそもやる気の問題なのか…?と責めてしまうことにも。

(痛い。ああ、人は、自分の気持ちと一生共にしなきゃ生きられないのに。悲しむ、それすらできない。「私」は一体どこにいるんだろう………。)

 

と、そんな痛みの毎日により、何年かが過ぎていきました。時間は、「なにかがおかしい」という自分のSOSがあるのに、でもそのなにかがわからず、無駄に苦しみながら過ぎていく。

 

毎日絶望になりながら、解決策を見出していたところに、やっと、原因らしいものに近づけました。

その原因は、「顎のずれ」でした。

 

実は、「顎のずれ」が原因で、こうした日々の不調が起きることがあるんです。

私の辛さは、「心がなくなること」に加え、その影響下で起こる精神的苦痛、身体的苦痛。

日常生活を送る上で困難な症状がたくさんありすぎて、私に「正しい原因」を言ってくださった人は誰一人いませんでした。

ある人は「視線がこわいんだね」と言い、またある病院の先生は「それって精神的なものでは」と言ってくださいました。「気のせいだよ」と言ってくださる人もいました。皆さん、アドバイスありがとうございました!

 (*「視線がこわいんだね」と言われたのは……(以下)。決断力がなくなり考えるということができなくなる症状があり、自然と、自分の視線さえあやふやになってきます。それで、その頃は、相談内容に「視線恐怖症」的な症状があったらしい)

 

最終的に精神科の先生に通うところまでいったのですが(まじか)、途中で「顎のずれ」の原因に気づいて、「矯正したら症状がなくなったんです!私、視線恐怖症とかそういうのではないんじゃないかなと思うんです!」って希望に溢れた言葉で言って、「通うのやめますね」と伝えたが、最終的にその先生は、(この子、なんか言いよる。「顎のずれ」?かわいそうに、幻想に逃避したいんや…。)と、こんなことを思ったのかどうか真相は闇の中ですが(笑)、「まだ治ってないと思うよ」って言ってくださいましたね(その先生は良い先生です)。「ああ、やはり精神的な症状がでた場合、心に原因があると思われて、他の原因を考えてはくれないのだな」とも思いました。

 

ですが、今なら、原因は「精神的なもの」でも「気のせい」でもないって言えます!!なぜなら、私、自信家なので!!(笑)視線が怖いとか思ったことはありませんね。

 

正しい原因に気づけないまま終わるのとか、せつないもんね…。

 

 

以上が、私の今までで辛かったお話でした。さすがに、一気に全てを書くのが疲れるので、かいつまみました。これからも、少しずつ話すかもしれません。正直、まだこの経験から立ち直れていないところがあり、これから自分がどうなっていくのかは分かりません。今まで心に問題があるのではないかと思っているがなかなか原因がしっくりこないとかいうのがあれば、身体のゆがみによって脳に影響を及ぼしているだけかもしれない、というお話でした。少なくとも私の場合がそうでした。全員そうであるとは限らないと思うし、その全員にとっての真実が見つかるといいなと思っています。

 

あくまで経験論として語っている状態ではあります。

興味や質問がある人はどうぞお気兼ねなくコメントしてください。

カルピス

今日の夜は、カルピスソーダに、氷、カルピスの原液、牛乳を混ぜて飲みました。う   ~ん、牛乳は入れない方がよかったかもしれない。

今日も、漢検の勉強をしましたが、「部首」は奥が深いなと思いましたー。部首に「あみめ」っていうのがあるんですけど(例えば、置、罪、署、罷、罵などに共通する上の部分)、その部首が使われている漢字は、「とらわれている」ような意味になってまして…。確かに!!、って驚きました。ちょこっと面白いな~と思ったのである。だがしかし、覚えるのはもう嫌です、はい涙

 

もう2023年、新年度が始まるんですね(いや、もう始まってるか)。新しい環境に身を置く機会になるんでしょうか??私は………なんだか疲れちゃってます…。先が思いやられますね…

ばたんきゅー

はぁ〜、今日は疲れちゃったよ。仕事で注意されたんだけど、ストレートに言われるからショックだった……。反省ですね……。

今日は泣きでのご帰宅です。

反省会だねぇ(笑)

迷惑になるからもっと丁寧にしようね系の注意で、〜〜って、分かってる!?ったくー的な感じでご叱責頂きました。

何かわからないけど、自分自身も否定されたような気持ちになってしまいました…。「あ〜!もう自分ってなんもいいとこなしじゃんー!!」みたいな。

そこで私は!アサーティブ・コミュニケーションとクッション言葉を提唱したいです!はい、私もつい最近知った言葉、「アサーティブ」!

はい。つまりは、もっと褒めて欲しいという私の願望ですね!w

皆さん、今日はお疲れ様です。今日もお疲れ様です。休みましょう

漢検……!!

今現在、漢字検定に合格するために、勉強中です!

ちなみに、2級です。「四字熟語」と「対義語・類義語」が難しいですね。

逃げたい…。あと、「部首」は本当に意味が分からない。

 

6月の検定に間に合うようにやります。